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神戸地方裁判所 昭和61年(行ウ)29号 判決 1989年5月22日

兵庫県洲本市上加茂43番地

原告

医療法人新淡路病院

右代表者理事

金藤茂

右訴訟代理人弁護士

中武靖夫

瀬戸康富

兵庫県洲本市山手1丁目1番15号

被告

洲本税務署長 大坂宏

右指定代理人

細井淳久

外4名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

一  被告が原告に対して昭和57年12月25日付でなした源泉徴収に係る所得税の納税告知処分並びに不納付加算税の賦課決定処分は,これを取り消す。

二  訴訟費用は,被告の負担とする。

との判決

(被告)

主文同旨の判決

第二主張

【請求原因】

一  原告は,精神科医療の病院を営んでいるところ,昭和55年5月から同57年11月までの間に,大阪医科大学精神科教授堺俊明(以下「堺教授」という。)に対し指導料として8,950,000円(以下「本件指導料」という。)を支払った。

原告は,本件指導料は所得税法(以下「法」という。)204条1項の報酬に該当するものとして,927,450円の源泉徴収をし,被告に支払った。

二  被告は,本件指導料は雇用契約に準ずる法律関係に基づき支払われたもので,所得税法28条1項所定の給与等に該当するとして,昭和57年12月25日付で,原告に対して給与所得に係る源泉徴収税3,050,150円の納税告知処分及び不納付加算税303,600円の賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)をした。

しかし,本件指導料は,給与ではなく,単なる謝礼であるから,本件各処分は違法である。よつて,原告は,本件各処分の取り消しを求める。

(被告)

【請求原因に対する認否】

認める。

【被告の主張】

一  本件各処分の経緯

1 原告は,堺教授に,昭和55年5月から同57年11月までの間に,別表1「医療法人新淡路病院事件課税の経緯」の「支給金額」欄記載の金員を支給するとともに,同表「自主納付税額」欄記載の源泉徴収税を同表「納付年月日」欄記載のとおり,被告に納付した。

堺教授に対する金員の支給は,昭和55年5月から同年9月までは指導料のみであったが,同教授が昭和55年10月16日原告の顧問に,同56年5月28日原告の理事に就任したのに伴い,指導料に加え,顧問・理事報酬が支給されるようになった。なお,これらに加え,原告は,一回当り16,500円(昭和55年11月までは8,500円)の通勤手当を堺教授に支給している(その詳細は,別表2「堺教授に対する報酬等の支給明細表」記載のとおりである。)。

原告は右の顧問・理事報酬については法28条1項に規定する「給与等」に該当するとして,法185条1項に基づき源泉徴収したが,指導料については法204条1項に規定する「報酬等」であるとして,同条1項により源泉徴収した。

2 しかし,本件指導料は,堺教授が原告に提供した病院経営等についての特別指導役務に対する対価であつて,法28条1項に規定する「給与等」に該当する。

そこで,被告は,本件指導料を右顧問・理事報酬と合算し,法185条1項2号により源泉徴収すべき税額を再計算し,昭和57年12月25日付で別表1の「差引告知税額」欄記載のとおり,原告が源泉徴収した額との差額についての納税告知処分並びに国税通則法67条1項に基づき同表「不納付加算税額」欄のとおりの不納付加算税賦課決定処分を行ったのである。

二  本件指導料の性質について

1 給与所得の意義・要件

法28条1項は「給与所得とは,俸給,給料,賃金,歳費,年金(過去の勤務に基づき使用者であった者から支給されるものに限る。),恩給(一時恩給を除く。)及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう」と規定し,列挙された所得を通じ,「これらの性質を有する給与」を一応「個人の非独立的な人的役務の対価としての性質をもった所得」と定義することができるところ,給与所得の典型は,雇用関係に基づいて被用者が雇用主から受ける報酬であるが,右例示からわかるように,これに限らず,雇用契約又はそれに類する関係(例えば法人の理事,取締役等にみられる委任又は準委任等)その他一定の勤務関係に基づいて受ける報酬をも内容としている。

右の解釈及び従前の裁判例からすると,給与所得の要件は,イ 雇用契約又はそれに類するものが存在していること,ロ 右イに基づき対価支払者の支配に服して行われる非独立的労務の提供の対価であること,ハ 労務の提供が自己の計算と危険を伴わないことであると解される。

したがって,提供される役務の内容について高度の専門性が要求され,本人にある程度の自主性が認められる場合であっても,他人との関係において何らかの時間的,空間的な拘束を受け,役務の提供が継続的になされ,それによる成果が他人に直接帰属するような役務の提供の対価として支給されたものである限り,右「給与等」に該当する。

2 本件指導料の実態

(一) 原告は,昭和54年頃,堺教授との間で,同教授が原告の営む病院のために精神科医を斡旋し,派遣した医師に対する医学上,診療上の指導をすること及び原告に病院の運営上の指導をすること等を内容とする準委任契約を締結した。

この契約に基づき,堺教授は,昭和55年4月以前に3名の医師を斡旋し,同年5月から同57年11月までの間(但し,昭和55年8月及び10月を除く。)に,4名の医師を斡旋するとともに,毎月1ないし3回原告の病院に出勤し,あるいは電話により次のような役務を行った。

イ 派遣した医師らに対し,原告の病院における診療に関して指導すること

ロ 右医師らの雇用条件,勤務期間等の決定等原告の病院の医局の人事管理をすること

ハ 原告に対して,病院の経営に関する情報の提供,指導ないし決定をすること

ニ 原告に対して,医薬品の講入等に関する指導をすること

(二) 本件指導料は,右役務に対して支払われたもので,堺教授が精神科医で大学教授であるため,右役務は高度に専門的で,その性質上ある程度の自主性,裁量性を有するものであるが,同教授は少なくとも月1ないし3回原告の病院に赴き,そこで原告病院のためにこの役務を提供しており,原告との関係で時間的,空間的な拘束を受け,永続して断続的に役務を提供し,その成果は原告に直接に帰属し,仮に不利益があっても同教授が負担するものではなかった。

また,堺教授が原告の理事に就任した後の指導料,理事報酬は,その全額が理事報酬であることは明らかであるところ,同教授が提供した役務の内容は,理事就任の前後においてまったく変わらない。そうすると,同教授の理事就任前の顧問報酬,指導料も,その全額が理事就任後の実質的な理事報酬と同一の性質を有するとみるべきである。

したがって,本件指導料はすべて,法28条1項所定の「給与等」に該当する。

(原告)

【被告の主張に対する認否】

1項1,2の各事実は,認める。ただし,本件指導料の支払が給与等に該当するとの主張は,争う。2項についての反論は,次のとおりである。

【反論】

堺教授のような地位にある者に,原告が役務の内容,提供方法及び対価の額を示して役務の提供を依頼することは,我が国の慣行として極めて礼を失し,なしえないことであって,原告の堺教授への依頼は「ご指導をお願いできるのであれば,病院の診療,経営等に関して大所高所からご指導いただければ幸いである」という程度のものであつた。したがって,原告と堺教授との間に被告主張のような準委任契約はなく,堺教授に事務処理義務が生じたということもない。同教授の高度の知識に基づく指導は,ひとえに同教授の好意にかかっており,同教授の意思と責任において独自性をもってなされたものである。原告としては,それが有用なので一方的に従っていたに過ぎない。原告の問合わせに対して同教授はなんらかの応答をなすべき義務はなく,他方,堺教授においても,その一連の行為によって原告に対価を請求することができるものではなかった。

医師の派遣についても,契約による医師派遣の権利義務があるわけではなく,堺教授が教え子の研修先として一方的に選び,原告としては医師を受け入れることが病院経営の利益になるのでこれを受け入れていたに過ぎない。原告病院に派遣された医師に対する堺教授の診療指導は原告の依頼によるものではなく,堺教授と医師との個人的な関係でなされたもので,原告はその反射的利益を受けていたに過ぎない。

また,堺教授の派遣医師の雇用条件,勤務期間の決定,人事管理は原告の立場よりも,医師側の立場で,原告に情報知識を提供するもので,原告としてはその情報知識が病院経営に利益を与えるので,一方的に取り入れていたのである。

被告は,堺教授が,原告の理事に就任したことをもって,委任関係,雇用関係が生じた旨主張するようであるが,理事の通常の職務は,理事会の構成員として理事会で意見を述べ,会議体としての理事会の意思決定に参加することであり,そして,理事長,副理事長に事故があるときに備えるもので,個々の理事に常務があるわけではない。

右のとおり,原告が堺教授を時間的,空間的に拘束したことはなく,本件指導料は役務に対する対価でなく,原告が一方的に提供しているもので,お礼金,お車代に当たるもので,給与に該当しない。交通費も単なるお車代で,雇用関係を前提として支払ったものではない。

第三証拠

証拠関係は,本件記録の書証目録欄,証人等目録欄記載のとおりである。

理由

一  原告が堺教授に昭和55年5月から同57年11月までの間別表2記載のとおり,本件指導料及び顧問・理事報酬を支給したこと,原告は,顧問・理事報酬については法58条1項所定の給与として法185条1項に基づき計算した額の所得税を源泉徴収したが,本件指導料については法204条1項所定の報酬に該当するものとして源泉徴収したこと,被告は,本件指導料も法28条1項所定の給与等に該当するとして,これを顧問・理事報酬に合算して再計算し,別表1の「差引告知税額」欄記載の所得税の納税告知処分並びに「不納付加算税額」欄記載のとおりの不納付加算税賦課決定処分をしたことは,当事者間に争いがない。

二  弁論の全趣旨により成立を認める甲第1号証の1ないし6,成立に争いのない乙第1ないし第4号証,証人木下敬の証言並びに当事者間に争いのない事実を総合すると,原告の堺教授に対する本件指導料を含む金員支給の経緯につき,原告は,精神科医療の病院を営んでいるが,精神科医は一般的に不足しているうえ,原告の病院がやや交通不便な所にあるため,かねがね医師の確保に苦慮していたところ,昭和54年頃,人を通じて大阪医科大学精神科の教授である堺を紹介され,医師の斡旋方を要請したこと,その後,同教授は,教え子の医師を原告の病院に派遣することを了承し,昭和55年5月から同57年11月までの間に医師4名を原告の病院に派遣したこと,この派遣には若い医師に臨床を経験させる趣旨も含まれており,同教授は,毎月1ないし3回原告の病院を訪れ,派遣した医師らの診療に関しての相談に応じ,あるいは医学上の指導をし,さらに原告の事務長とこれら医師の勤務期間等雇用条件の決定についての交渉もしたこと,これに加え,同教授は,原告に病院の経営,医薬品の購入等に関して情報の提供,指導をし,また原告からの相談に応じたこと,これらの指導等は電話によってもなされたこと,なお,同教授は昭和55年10月16日原告の顧問に,同56年5月28日原告の理事に就任したことと,原告は,堺教授に昭和54年10月頃から金員の支払をしていたが,昭和55年5月からの支払は別表2記載のとおりで,指導料として昭和55年11月までは同教授が原告の病院を訪れた回数1回当たり100,000円,翌56年2月からは同じく150,000円,交通費は昭和55年11月まで1回当たり8,500円,翌56年2月からは同じく16,500円を基準としたものであったこと,この金額は原告が一方的に決定したもので,原告はこれを堺教授の口座に振込んで支払っていたこと,なお本件指導料とは別に顧問・理事報酬が支払われていたことが認められる。

右事実からすると,原告と堺教授との間に明確な契約が締結されたわけではないけれども,原告は堺教授に医師の斡旋をはじめとする病院経営上の指導を依頼し,この原告の依頼に応ずるかたちで,同教授は原告に医師を紹介,派遣し,それに応じて原告から同教授に本件指導料が支払われてきたのであるから,遅くとも,本件指導料,交通費が同教授が原告病院を訪れた回数に応じて支払われるようになった昭和55年5月には,堺教授において,原告の病院にその教え子の医師を派遣し,その指導等に当たること及び原告の病院の経営等につき指導し,相談に応じ,これに対して原告が指導料の名目で金員を支払うことの準委任類似の関係が成立したというべきである。

法28条1項は「給与所得とは,俸給,給料,賃金,歳費,年金(過去の勤務に基づき使用者であった者から支給されるものに限る。),恩給(一時恩給を除く。)及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。」と規定し,この「これらの性質を有する給与」とは,雇用契約又はそれに類する関係(例えば法人の理事,取締役等にみられる委任又は準委任等)に基づき,非独立的に提供される役務の対価として,他人から受ける報酬及び実質的にこれに準ずべき給付(例えば,各種の経済的利益等)をいうと解されるところ,同教授が提供した役務は高度に専門的なもので且つ多種にわたるものと推認されるが,少なくとも派遣した医師に対する指導,病院経営に関しての指導,情報の提供については,その成果は原告に直接に帰属し,仮に不利益があっても同教授が負担する性質のものではなかったことは明らかで,そのうえ同教授が月に何回か原告の病院に赴き,その交通費が支給されていたことからすると,その役務は非独立的役務と認めるのが相当である。したがって,このような非独立的役務の対価として原告が支払った本件指導料はすべて,法28条1項所定の「給与等」に該当することになる。

三  原告は,本件指導料は謝礼であって,法204条1項所定の報酬又は料金に該当すると主張するが,同条同項及びこれを受けた所得税法施行令320条は,右報酬又は料金に該当する場合を限定的に列挙しており,本件のような医師のする指導,助言といった行為に対する謝礼がこれに該当しないことは明らかである。

四  そうすると,本件指導料が法28条1項所定の給与に該当するとして被告が本件各処分をしたことに違法な点はなく,ほかに本件各処分を違法とするに足る事由の主張立証はないから,本訴請求は理由がない。よって,これを棄却し,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条を適用し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林泰民 裁判官 岡部崇明 裁判官植野聡は転勤のため署名,捺印することができない。裁判長裁判官 林泰民)

〈以下省略〉

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